子供の頃「○○ごっこ遊び」というのがあって、縄を結んだ輪の前後に運転手と車掌が立ち、乗客が輪に入って一緒に走る「電車ごっこ」で遊んだ記憶がある。戦後のことで、乗り物は省線(国鉄)や都電(路面)やバスなどその都度変わったが、身近な都電が一番多かったように思う。
最初に万世橋の「交通博物館」を訪れたのは小学校時代で、和泉町にあった佐久間小学校からさほど遠くない距離だったこともあり、多分、興奮気味におしゃべりを交わす児童の一列が、見学に向かう自分だったに違いない(もちろん背中には弁当も)。
模型が動いていたり別館もあったように思うので、調べなおすと、昭和27(1952)年に鉄道80年記念事業で博物館が整備された記録があることから、その前後だったのだろう。すでに半世紀を経過している。
残念ながら「鉄道少年」の道とは次第に遠ざかり、東京人が東京タワーに上らないのと同様に、至近に建物があり、いつでも行けるという安心感も手伝って、足を運ぶ機会を失ってしまった。
最近になって、その後の展示資料の充実や専門図書資料を含め、改めて取材しなければと気になり出したのが昨年のこと。その矢先、さいたま移転の日程を知った。 慌てふためいて訪問、菅館長さんにお目にかかれたのが、すでに閉館のニュースが流れ、親子連れや鉄道少年でごった返す、今年2月に入ってからのことだった。廃校で姿を消した校舎に続く、淋しい別れになった。
日刊コラム九段発http://www.ee-inc.co.jp/kudan/
*注意:万世橋の「交通博物館」は、2006年5月14日をもって閉館しました。さいたま市へ移転、2007年10月14日鉄道の日に開館予定。
タウン誌『KANDAルネッサンス』77号(06.4.25発行、NPO法人神田学会)より
文・写真 坂野 豊
(06.11.20)