五月十三日、私は神田祭を見物に出掛けた。
神田っ子は根っからお祭りが好きらしい。
二年に一度の本祭りのために命がけの情熱をそそいでいるかのようだ。
町は総出で神輿の担ぎ手や役割分担などを決め、秩序立った命令系統を打ち立て、一糸乱れぬ隊形をつくりあげる様が私たち見物人にも見てとれる。
半纏姿に豆絞りを巻き、各町会名入りの独自の色調に染め上げられた衣の若者たち。
彼らはおそらく舞台に立つ役者のような気分になっているのではないだろうか。
「粋」とか「いなせ」とか「勇み肌」という言葉が思わず浮かんでくる。
むろん地方の鄙びた村や田舎町のお祭りもそれなりに存在感があり、楽しげで愉快な風情を醸し出している。
日常を離れ、一種の純粋な時間と空間をつくりあげているからなのだろう。神田祭の神輿の宮入風景は感動的である。
秩序の美学。
およそ百基の神輿が次々と神社境内に入り、さっと退場していく。
何とも言えない壮大さと爽快さを感じさせられる。
祭りに対する思いは国や時代によって違うのだろう。
一九七〇年代の半ば、私はたまたまパリ祭を見物した。
神田祭とパリ祭を比較すること自体、滑稽とも陳腐とも思えるかもしれない。
七月十四日(ル・キャトルズ・ジュイエ)は、一七八九年のフランス革命の記念日であり、民衆の手で勝ち取った自由への讃歌のお祭りである。
凱旋門広場からシャンゼリゼ通りを、それこそ一糸乱れぬ隊列で、古典的騎馬隊や鼓笛隊、さらに兵隊たちが行進する。それは見事な秩序ある風景である。
神田界隈はよくパリの学生街、ソルボンヌ大学周辺のカルティエ・ラタン(ラテン街)と比べられる。
七〇年安保反対運動の際、御茶ノ水駅前の交番に火焔ビンが投げ込まれ、警察官数名が負傷した。一九六八年にフランスで起こった学生運動、五月革命の拠点はカルティエ・ラタンであった。
神田も反権力運動の拠点となった。
政府の不当な弾圧に対する若者の怒り。
正義や平等や自由への渇望。
パリの学生街の中心地であるカルティエ・ラタンと神田界隈に集まる若者たちの心情に違いはないように思える。
祭りと政治運動とは異質なものであるが、街そのものが内蔵しているエネルギーにはそんなに差異はない。
パリの空の下セーヌは流る。
東京の空の下神田川は流る――である。
〈文章〉 はしぐち・もりと…1931年市川生まれ。千葉大学名誉教授。
主な著書に詩集『風との対話』(朝日出版社)、『焔の文学』(M・ブランショ/共訳/紀伊国屋書店)など。
タウン誌『KANDAルネッサンス』82号(2007.7.25発行、NPO法人神田学会)
(07.11.20)